水仙/2
佐上弘兼(サガミ/ヒロカネ)が目を覚ましたのはもう日付も変わる頃であった。
とかく彼はまず立ち上がって、抱き枕のように抱きしめていた鞄を持ち直した。
幸いにも公園の芝生はきちんと管理されており、片手で軽く払うだけで制服は元通りとなる。
それにしても、と腑に落ちない表情で弘兼は辺りを見回す。
行きつけのパン屋と学校の間にあるこの公園にきてからの記憶が全く曖昧であった。
唯一、鮮明な像として浮かぶのはあの美しい少女との逢瀬であった。
幼くしなやかな四肢、小さく完璧な造型。
完璧――そう、まさにあの姿は傷無き宝石の喩えが相応しい。
桜色の髪は豪奢な絹の天蓋で、瞳の琥珀は幾星霜もの年月を裡に秘めて煌々と燃えていた。
「ああ……!」
妄想と回想が激しく入り交じって、ついに感極まって弘兼は声を上げた。
あのような美しい存在でありたい。
永遠の聖性を孕んだ刹那の光輝!
もしかくあるならば、という想像を重ねてきた年月は僅かであった。
しかしそれは妄執の炎となりて、弘兼の心の内を灼くこともあった。
ふっ、と弘兼は熱のこもった息を吐き出して、中空を仰いだ。
夢見心地の虚ろな瞳に真円の月が映る。
もだえるように、何かに取り憑かれたかのように、弘兼は軽やかに踏み出した。
くるり。
舞うように、たった一回転。
「うぇ?」
世界が変わったのをはっきりと知覚したのは、バランスを崩して再び芝生の上へ仰向きに倒れた後だった。
とかく彼はまず立ち上がって、抱き枕のように抱きしめていた鞄を持ち直した。
幸いにも公園の芝生はきちんと管理されており、片手で軽く払うだけで制服は元通りとなる。
それにしても、と腑に落ちない表情で弘兼は辺りを見回す。
行きつけのパン屋と学校の間にあるこの公園にきてからの記憶が全く曖昧であった。
唯一、鮮明な像として浮かぶのはあの美しい少女との逢瀬であった。
幼くしなやかな四肢、小さく完璧な造型。
完璧――そう、まさにあの姿は傷無き宝石の喩えが相応しい。
桜色の髪は豪奢な絹の天蓋で、瞳の琥珀は幾星霜もの年月を裡に秘めて煌々と燃えていた。
「ああ……!」
妄想と回想が激しく入り交じって、ついに感極まって弘兼は声を上げた。
あのような美しい存在でありたい。
永遠の聖性を孕んだ刹那の光輝!
もしかくあるならば、という想像を重ねてきた年月は僅かであった。
しかしそれは妄執の炎となりて、弘兼の心の内を灼くこともあった。
ふっ、と弘兼は熱のこもった息を吐き出して、中空を仰いだ。
夢見心地の虚ろな瞳に真円の月が映る。
もだえるように、何かに取り憑かれたかのように、弘兼は軽やかに踏み出した。
くるり。
舞うように、たった一回転。
「うぇ?」
世界が変わったのをはっきりと知覚したのは、バランスを崩して再び芝生の上へ仰向きに倒れた後だった。