水仙/3
仰向けになったまま、眩しい満月にかざすようにして、そっと手を視界に入れる。
月の光を透かすほどに白く、紅葉のように小さく、泡雪のように柔らかそうな手。
「は、はは……」
とんでもないことになったのではないか、という衝撃に、背筋は青い電流で満たされていた。
――なぜ足が突如として空を切ったのか。
弘兼はポケットから携帯電話をとりだして、カメラの機能を付けた。
震える指でサブカメラに切り替え、液晶に自分の顔を映す。
彼の動きはそこで止まった。
落胆めいた驚き。だがそれ以上に弘兼の心は、液晶に映し出された造型に魅了されていた。
幼さが完璧な均整によって魔性の魅力へと引き上げられた存在。
大きな目は曇り無く世界を映し、懸かる淡い桜色の髪は月光に濡れて白銀に輝いていた。
美少女。否、これは本当に少女の――人間の顔だろうか。
人為、神意、無為、作為を超越し、寒気を感じるほどの完成度。
そこにあるのは感動と驚嘆で覆われた違和。
「お前は」
血色の良い唇が弾けるように言葉を紡ぐ。
ひどく間の抜けた表情をしているくせに、それにすら愛嬌を感じる。
これが非の打ち所無き造型の力か、と弘兼の憮然とした胸中は叫んだ。
「私は?」
抗いようのない幸福感と、高らかな高揚感を伴って、鏡像によって自己が塗り換えられてゆく。
愛しい人に手を引かれるような幸福感と、空への道を歩むような高揚感。
「アンドロギュノス、ヘルマフロディトス、サルマキス、キュベレー……いや違う」
弘兼は魅入られた表情で最後の言葉を紡ぐ。
それは自らの意志で自らを括るものを定義する儀式の終結。
「私は、タゼッタ」
死と誕生。
そして―― 『彼女』が立ち上がった。
月の光を透かすほどに白く、紅葉のように小さく、泡雪のように柔らかそうな手。
「は、はは……」
とんでもないことになったのではないか、という衝撃に、背筋は青い電流で満たされていた。
――なぜ足が突如として空を切ったのか。
弘兼はポケットから携帯電話をとりだして、カメラの機能を付けた。
震える指でサブカメラに切り替え、液晶に自分の顔を映す。
彼の動きはそこで止まった。
落胆めいた驚き。だがそれ以上に弘兼の心は、液晶に映し出された造型に魅了されていた。
幼さが完璧な均整によって魔性の魅力へと引き上げられた存在。
大きな目は曇り無く世界を映し、懸かる淡い桜色の髪は月光に濡れて白銀に輝いていた。
美少女。否、これは本当に少女の――人間の顔だろうか。
人為、神意、無為、作為を超越し、寒気を感じるほどの完成度。
そこにあるのは感動と驚嘆で覆われた違和。
「お前は」
血色の良い唇が弾けるように言葉を紡ぐ。
ひどく間の抜けた表情をしているくせに、それにすら愛嬌を感じる。
これが非の打ち所無き造型の力か、と弘兼の憮然とした胸中は叫んだ。
「私は?」
抗いようのない幸福感と、高らかな高揚感を伴って、鏡像によって自己が塗り換えられてゆく。
愛しい人に手を引かれるような幸福感と、空への道を歩むような高揚感。
「アンドロギュノス、ヘルマフロディトス、サルマキス、キュベレー……いや違う」
弘兼は魅入られた表情で最後の言葉を紡ぐ。
それは自らの意志で自らを括るものを定義する儀式の終結。
「私は、タゼッタ」
死と誕生。
そして―― 『彼女』が立ち上がった。